閉店  まさ喜 (まさき) 

    千同の住宅地の真ん中に位置する料理屋。その場所に古くからある民家を改装して、広々とした落ち着いた空間でもてなしてくれる。広い店内には、掘りのテーブルが10席ほど。あと、個室が6席×2。

    料理は全てが喰切料理のコースになっている。喰切料理とは、お酒を楽しむための献立を少量ずつ食べ進む形式をとる料理。前の器を全て食べきってから次の器に移るので、常に最善の状態に保たれた料理を食べることが出来る。その喰切料理を、ご夫婦の二人きりで提供しているので、一度に沢山の客をこなすことは出来ない。

    コースの内容は、季節に応じたものになっている。その時期の旬の物を取り入れ、その時期の草花で飾り、その時期の祭事に合わせて演出している。例えば、3月始めは梅の花で彩り、桃の節句を演出するといった感じになる。

    広島市佐伯区千同1-14-15
    082-923-3113
    開店時間:11:30-14:00 17:30-20:30
    定休日:木曜日
    ※新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で、開店時間や定休日が変更されている可能性があります。
    駐車場:あり


    もう一言
    岡の下川から千同の山に向かって数十メートル登ったところに不意に現れる看板。そこには「喰切料理 まさ?」と記してある。「まさ?」そのハテナの部分がまったく読めない。無理をして読めば「まさ花」に見えなくもない。もう、その看板に遭遇した時点で正体不明。「喰切料理」自体が良く分からないし、いったい何の店なのか、ずっと不思議だった。

    調べてみると、その正体は会席料理みたいなものらしい。それも、昔、隅の浜にあった店らしい。そうだそうだ、今は味喜というラーメン屋がある場所に和食の店があったはずだ。こんなところに移転していたんだ。それはともかく、高そうだなぁ。などと、他人事のように思っていたら、思いがけず、「まさ喜」で食事をする機会が巡って来た。

    お店の敷地は広く、通りから入ると広い庭がある。ここは駐車場にもなるようで、相当数停められそうな感じ。その向こうに古い民家が建ち、日の暮れた中にポツンとオレンジ色の明かりを照らしている。玄関まで寄ってみると、そこには目立たないように本日のメニューらしき物がある。そのメニューを眺めて扉を潜ると、広く明るい土間が拡がる。

    その土間から声を掛けると、奥から女性が迎えてくれた。早速、履き物を脱いで上がると、いきなり風の谷のナウシカ。案内されて席に着く間に、今度は天空の城ラピュタ。意外なBGMで迎えてくれた。

    しかし、店内はしっとりと落ち着くことの出来る和の空間。ラッキーなことに他の客はいない様子。私の座った個室は、厨房から僅かに様子をうかがえる最高の場所。この位置関係が、喰切料理には欠かせないものとなる。個室の扉を半開きにし、私たちは厨房からの死角に座る。そこで、出てきた料理を一品ずつ自分のペースで楽しむ。そうしてひと皿食べ終わるごとに、器を厨房から見える場所に置くと、すかさず女将さんがやって来て皿を下げ、次の一品を運んできてくれる。ここは、そういうシステムになっている。

    そうやって、料理は順々に運ばれてくる。最初の温菜は水菜、蒟蒻、大豆を炊いたもの。蒟蒻が旨い。次に鮭の粕汁。身体が温まるな。ついでにお酒でも温まりたい気分なので、燗酒を注文。刺身は、イカ、カンパチ、ヒラメ。どれも切っただけでなく、ひと工夫してある。その後に蓋物。ヨモギ豆腐が葛餡の中に泳いでいる。合わせてあるシイタケとゆり根が美味しい。

    と、ここら辺でちょっとお手洗いに立ってみる。個室から出ると、店内の広さのワリに席数が少ない事に気がついた。いや、そうじゃないとやっていけないのだろうな。女将さんは、常に客席の様子を静かに伺っているし、主人は客の食の進みに合わせて次の品の準備をしている。温かい物は温かく、冷たい物は冷たく、その基本をキチンとこなすのがどんなに難しいか。頭が下がる。

    そうして、席に戻り、次の品。タチウオの梅焼き、鶯ごぼう、いなり、だし巻き玉子。いや、私の大好物そろい踏み。稲荷に梅の花を飾り、ちょっと早めの桃の節句を匂わせている。甘酒がわりに酒が進む進む。更には、ぬた和え、サザエの焼き冷やしが出てきて、私のお酒スイッチは入りっぱなし。いやー、旨いなぁ。

    でも、いつまでも酒ばかり飲んでいられない。止椀は煮麺。絶妙のゆで加減のそうめんは、グイッとした喉ごしと噛みごし。その上に畳鰯と蕗のとうが乗り、最後まで春の気分を満喫。もう蕗のとうの季節なんだなぁ。そうして、最後は黒糖あんの白玉で終了。ふと気がつくと、BGMはいつの間にかに、ニューシネマパラダイス。今日は映画な日なのかな。まぁ、どれも好きな映画だし、懐かしくて嬉しいな。

    料理を運んでくれる女将さんは、話し好きの方のようで、こちらから話を振ると色々と料理について説明してくれる。逆に何も話しかけないと、必要以上に接してくることはない。でも、やっぱり、色々と話を聞けた方が食べていて楽しいよね。厨房のご主人も柔和な方。食事をしている間は、ほとんど接点がないので、ちょっと近寄りがたいイメージがあるけれど、実際は人当たりの良さそうな方。

    最大限のもてなしで迎えてくれるご夫婦は、型押しされた接客ではなく、本当に心から客を楽しませてくれる。それはもてなす側も楽しんでいるように感じられるほどに自然体で、とっても居心地がよい。それには、この静かな住宅街にポツンと建つ民家がうってつけ。この楽しさを充分に堪能するには、やはり少人数で訪れた方が良いのだろうなぁ。今日は、最初から最後まで他に客は来ず、私たちだけでこの贅沢な時間を満喫してしまった。いやぁ、楽しかったなぁ。(2007.2)