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らっきょうの夜
 
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らっきょうの夜

 「お前には、らっきょうを語る資格がない」

 友人は声を荒らしてそう言った。どうやら興奮しているようだ。その証拠に、友人の口の端には、僅かな泡立ちが見える。こいつは興奮してくると、泡を吹き始める癖があるのだ。この症状が現れると、冷静な意見や、形だけの同調は逆効果。好きなだけ喋らせて疲れさせるのが常套策だ。私はいつもそうやって争いをさけている。

 でも、その言葉は私に向けられたものではない。もう一人の友人に対して発せられたものなのだ。こちらの友人は、平然とした顔で涼しそうに酒を煽っている。その態度は挑発しているようにしか見えない。そして冷静な声で「らっきょうの何たるかを教えてやろう」とうそぶいた。

 変なことになってしまった。3人で居酒屋へ行き、仲良く飲んでいたのだが、ちょっとした事がきっかけで事態は最悪の方向へ向かっている。たかが、らっきょうである。もし、このまま二人がとっくみあいのケンカを始めて、居酒屋の主人が警察を呼んだとしよう。そのとき、お巡りさんの事情聴取には、「らっきょうが原因でケンカ」と書かれるのだ。そんな面白いこと、滅多にお目にかかれない。

 事の発端は、らっきょうを注文したことにある。それは初物のらっきょう。東を向いて笑いながら食べるんだぞと3人で申し合わせて笑っていた。そこまでは和やかな雰囲気だったのだ。ところが、出てきたらっきょうを見て、最初の泡立つ友人が怒り始めたのだ。そのらっきょうは、白くツヤツヤとして美味しそう。だが、彼によると、らっきょうは飴色になるまで漬かっていないとダメなのだそうだ。フニャフニャの食感と染みた酢が、温かいご飯に合うとのこと。このらっきょうはまだ漬かりきっていないと言い張る。

 一方、冷静な友人は真反対の意見を持つ。漬かり過ぎたらっきょうはダメなのだそうだ。らっきょうはコリコリとした食感を保っていなければならないとのこと。それに6月のこの時期は、まだらっきょうは市場に出回ったばかり。フニャフニャになるほど長期間漬け込んだモノを求めるなんて、無知のタワゴトだと言い張る。そんなやり取りが繰り返され、冒頭の発言に至ったのだ。

 私にとってどうでも良いことばかりだ。私はコリコリのらっきょうも、フニャフニャのらっきょうも分け隔てなく食す。そんならっきょうの好みよりも、二人の言い争いの方によっぽど興味がそそられる。熱くなって泡を吹く友人と、それを冷静沈着にこきおろす友人。あきらかに後者の方が正論を発している。そのことが前者を更に熱くさせている。

 「で、お前はどうなんだ」

 不意に矛先がこちらに向かってきた。どっちの意見に与するのか、決断を迫ってきたのだ。どっちでもいいじゃないか、そんなに変わらないし。と、私はうっかり口を滑らしてしまった。この場に一番ふさわしくない選択肢を選んでしまったのだ。

 場を変えることになった。近くのショットバーに移って、らっきょうのなんたるかを私に説いてくれるらしい。先ほどまでのケンカはどこへ行ってしまったのだろう。ふたりは気持ち悪いほど意気投合している。今宵は夜が明けるまで、らっきょうの話を聞かされ続けることになりそうだ。私のため息と共に、らっきょうの夜は更けてゆく……

初筆:2002年06月15日
加筆:2004年06月15日

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