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キャットハット
 
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キャットハット

 花が咲いていた。それは真っ青な花。見たこともない立ち姿に、花びらの深い青が見事に調和していた。その花は、ヒョロリと長い茎に支えられ、夏の日差しを受け、澄み渡る青空と爽やかな雲の中に浮かんでいた。

 とても背の高い花だった。長く伸びた茎に大きな葉が交互に生え、その先に青い花が咲いている。それは、花が黄色ければ、ヒマワリと見間違えるような出で立ちだ。私は頭上から垂れ下がっている花を、下から眺めていた。

 南の方角から川を沿うように海風が吹き差し、青い花を揺らしている。そのたびに、花の青と空の青がちらつき、目眩にも似た鈍痛がこめかみに響いてくる。まぁ、先ほどからずっと空を仰いでいるのだから、仕方がない。日を遮る陰は無く、早朝とはいえ、夏は容赦なく私を照らしている。このまま気温が上がってゆけば、そのうち日射病で倒れてしまうのではないか。それでも、私は青い花の釘付けになってしまっている。

 この花はいったい何だろうか。私の少ない知識では、見当が付かない。大きな花弁はヒダをたわませる様に円形に広がり、周辺部の深い青が花の中心部に向かうに従って、白く染まってゆく。花の中心は真っ白で、急激に萼へ向かって窪んでいる。

 例えるなら、シャンプーハットの形によく似ている。しかし、シャンプーハットにしては少し小さすぎる。赤ちゃん用としても小さいだろう。こんなに小さなシャンプーハットだと、使い道がない。まぁ、猫の頭ぐらいならピッタリかもしれない。キャットシャンプーハットと言ったところであろうか。猫にシャンプーハットが必要なのかどうかは知らないけれど。

 このキャットシャンプーハット。もちろん、草花図鑑でその名を探してもどこにもない。キャットシャンプーハットなんてふざけた名前があるわけがない。そう、これは私が見つけた新種の花なのである。私はそう思いこむことにして、これ以上、花の素性を探るコトは止めにした。

 キャットシャンプーハット。長いので、キャットハットと呼ぶことにする。キャットハットは民家の軒先に咲いていた。それは一輪だけで、他にキャットハットらしき姿はない。キャットハットは人丈の垣根の上からひょっこりと顔を覗かせている。垣根越しに庭を覗いてみると、いろんな草木が生い茂っていて、すこし鬱蒼としている。だが、まったく手入れをしていないわけではなく、雑然とした中に主の主張が感じられる。キャットハットは垣根のたもとから生えているらしく、その足元を確認することは出来なかった。

 キャットハットは、相変わらず海風に揺れて、私の目眩を増長させている。誰かが水を差したのか、それとも朝露がまだ残っているのか、キャットハットには綺麗な滴が光っている。その滴は今にもこぼれ落ちそう。もし、こぼれ落ちたならば、私の顔に降りかかってくるに間違いない。

 海風が更にキャットハットを揺らす。しかし、滴は頑として落ちてこない。まるで、キャットハットとの別れを惜しむように、表面張力の限りを尽くしている。

 それともキャットハットが滴を落とさないよう、細心の注意を払っているのか。不思議なことに、どんな風が吹いても滴はキャットハットの表面でコロリと丸まったままだ。

 そこに一陣の強風が吹き込んできた。近づきつつある台風の影響か、巻き込むような強い風だ。私の髪は揺らされ、大きくたなびく。キャットハットも同様にたなびいている。風はまるで姿を現したかのように、はっきりと見える。世の中の全てが風にさらされ、舞っているようだ。でも、それは一瞬の出来事。すぐに風は何事もなかったようにピタリと吹き止んだ。

 私の髪はたなびくのを止め、キャットハットも元の位置に戻っている。だが、そこにはもう滴の姿はなかった。滴は風と共に吹き飛び、どこかへ消え去ってしまったのだろう。なんだか惜しい。キャットハットと滴の関係があっさり絶たれてしまったのが、惜しくて仕方がない。

 しかし、キャットハットはそのコトに動じもせず、涼しい顔をしている。きっと、キャットハットにとってはどうでも良いことなのだろう。私が勝手に気にしていたに過ぎない。勝手にキャットハットと滴の間に物語をでっち上げ、空想していたのだ。

 私はもう一度キャットハットを見上げる。キャットハットは見知らぬ顔で、海風に軽く揺れていた。そこには先ほどまでと全く変わりないキャットハットがいる。ただ滴がいないだけ。私の空想は終わりを告げ、その青い花は、私の知らぬ本当の名前を取り戻す。私はキャットハットを失い、目の前にあるのは単に青く背の高い花だけ。私は花を見上げるのを止め、その場を立ち去る。残るものは、軽い日射病のような頭痛だけだった。

初筆:2003年08月17日
加筆:2005年08月24日

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