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食えない食材
 
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食えない食材

 焼き肉屋という空間は、案外狭い。その狭い中で、皆、思い思いの肉を網に乗せ、好みの火加減で肉を炙り焼く。昼間にあった出来事や、ちょっとした与太話。そして、仕事上の不条理な経験や失敗。更には、上司や配偶者へ愚痴。そんな吐露が網の上を交錯し、その合間に焼き上がった肉を箸でつまんで、パクッと一口。「これ焼けてない」とか「スミになってるよ」なんて呟きながら、様々な時間を過ごす。それも、正しい焼き肉屋の過ごし方のひとつである。

 もちろん、何にも吐露することもなく、ただ肉を焼き食べ続けるのも正しい過ごし方である。私などは、愚痴なんかよりも、肉の焼き加減が気になる方なので、もっぱら、会話の相手は網上の肉になる。しかし、繰り返すが、焼き肉屋という空間は狭い。つい、気を抜くと、隣の席の見知らぬ客の吐露が耳に入ってくることがある。どうでも良い話なら、そのまま右から左へと通り抜けてゆくのだけど、たまに通り抜けずにそのまま聞き耳を立ててしまうことがある。別に盗み聞きしているつもりではないのだけれど、立派な盗み聞きである。もし、盗み聞きに窃盗罪が適用されるならば、私は前科何犯になっているだろうか。考えるだけで恐ろしい。

 その日も、盗むつもりはないのに、気がつけば、ついつい盗んでいた。スリの常習犯が、自らの意志とは関係なく、スリを働いてしまうことがあると言うが、その気持ちもなんとなく分かる気がする。

 今日の盗みは、隣のオヤジ二人組である。片方はやせ形の角刈り。少し頭髪にごま塩がかかっている。もう一方は、中肉中背。猫毛の頭髪は、額の部分がカナリ寂しくなっている。おそらく、下腹は相当膨らんでいると思われる。吐露は猫毛のオヤジの方。最近、知人から何かの食材のお裾分けを貰ったのだが、それがどうにも口に合わないらしい。そもそも、その食材を、どのように調理すればよいのかが分からず、奥さんと途方に暮れているとのこと。

 私は聞き耳を立てる。その貰い物はなんであるのか。話の前後からするに、食材であることに間違いはないのだけれど、その名前を聞き逃してしまった。聞いた範囲では、猫毛のオヤジは、まず、その食材をスープにしてみたとのこと。なんだか、直ぐに溶けてしまい、異臭を放ちはじめたという。スープの色も変で、とても飲めそうな物ではなかったらしいが、折角高い物なのだからと、勇気を出して飲んでみたけれど、思わずはき出してしまったという。なるほど、高級な食材であるようだ。

 となりの話に気をとられていたせいで、私の網の上は炭化した肉が目立ちはじめてきた。私は、気を網の上に引き戻して、かろうじて食べられそうな肉を網の上から助け出す。少し固くなった肉にタレをタップリつけて、誤魔化すようにビールもゴクリと飲み干してみる。

 「その人の話だとね、中華料理がいいらしんだよ」

 猫毛のオヤジは、不意に思い出したように、そう呟いた。そうして、だから大好きな麻婆豆腐に入れてみたと言っている。ごま塩のオヤジは、黙ってその話を聞きながら、焼酎の水割りをグビッと煽っている。猫毛オヤジも、同調するようにグビッと焼酎を飲み、でも食えなかったんだよと寂しそうに呟いた。スープの失敗があったから、ほんの少しだけ入れてみたのだけれど、どうにも食べられなかったとのこと。砂を食っているような感じだったと言っている。藁みたいな物も入っていたらしい。

 そんな話を聞いてるうちに、私の腹は満腹になっていた。でも、ここまで聞いて、その正体を知らずに帰るわけにはいかない。私は大豆もやしなどの軽い物と、追加のビールを注文して、粘ることにしてみた。これほど旨い、酒のアテはない。

 ビールを飲みながら、となりの話を更に突っ込んで聞いていると、どうやら、その食材は町中で採取できるらしい。その食材をくれた人は、近所でそれをとってきて、猫毛のおやじにくれたと言う。とくに、このシーズンによく採れるらしく、そんなに珍しい物ではないとのこと。こんなありふれたモノが、中国では高値で取引されるのが良く分からないと言っている。それに対して、ごま塩のオヤジは、ツバメの種類が違うんじゃねえかと返答した。

 ツバメである。やっと正体が分かった。彼らはツバメの話をしていたのだ。しかし、ツバメを食べるとは奇妙な話である。もし、不味かったとしても、思わず吐き出すほど不味いモノなのだろうか。それに、砂ではないだろうし、藁も変な話だ。すると、やはりアレなのだろう。

 猫毛のおやじは、やっぱり種類なのかね。と遠い目をしている。うちのヤツがね、捨てましょうと言ってるんだよ。と、そういう猫毛のおやじの方が捨てたがっているように見える。そうして、ごま塩オヤジの顔を覗くように、要るかい。と訪ねる。ごま塩オヤジは間、髪をおかずに要らんと言い返す。そんな話を聞かされて、欲しいという酔狂な人間はいないだろう。

 猫毛のおやじは、まだ10個以上あるんだよ。アレって燃えるゴミでいいのかな。と、ふと、顔を横に向ける。その刹那、私と猫毛おやじの目線が合う。私は慌てて目線を外し、残りのビールを一気に飲み干し、トイレへと立つ。ここで逃げなければ、身も知らぬ他人にもその食材を譲ろうとしかねない勢いだったのだ。盗み聞きのしっぺがえしである。

 私はトイレをゆっくりすませて、ほとぼりが冷めた頃、席へと戻った。隣の二人組は、私と入れ違いになるように、お勘定を済まして、店から出て行く。私は一安心し、少し時間をおいてから店を出た。店先には、床一面に鳥の糞の染みがこびりつき、頭上を見上げると、ヒナのいなくなったツバメの巣がひとつ。これは食えないよなぁ。

2006年06月30日

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