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アキヤ一族の陰謀
 
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アキヤ一族の陰謀

 それは、郵便受けの中に入っていた。安そうな白紙に、精度の良くない印刷がほどこされた町内の地図。これを見れば一目瞭然、ご近所さんの名前は手に取るように分かる。ギザギザの線に、手書きの家名が記入された、手作り感のある地図だ。誰が制作しているのかは知らないが、昔から不定期に届けられている。

 私はその地図を眺めてみる。角地の中村さんが引っ越した後、そこに入居したのは、田村さんというそうだ。そういえば、田村さんという名は、他にも沢山いたような気がする。魚屋の隣が田村さんだし、道の行き止まりに位置するのも田村さんだ。その他では、鈴木さんの勢力が大きい。ざっと探してみるだけで、5,6数軒ほどある。あと、山本さんも同じぐらいに多い。

 などと、勢力の大きな家名を探していたら、妙な名前が見つかった。アキヤさんである。不思議なことに、我が町内ではアキヤさんが目立っている。酒屋の隣もアキヤさん。公園近くの住宅にもアキヤさん。ドブ川沿いの古いアパートは、住人のほとんどがアキヤさんだ。試しに、アキヤさんの軒数を調べようとしてみたが、あまりの多さに挫折してしまった。

 なぜ、こんなにアキヤさんが多いのだろうか。しかも、カナで”アキヤ”と記載されている。不思議である。アキヤさんにも、イロイロあるはずだ。秋屋さんもいるだろうし、穐谷さんだっている。もしかしたら、空家さんという方もいるかもしれない。

 それとも、本当にアキヤさんなのかもしれない。私が知らないだけで、カナ文字だけの姓が存在する可能性は否定できない。すると、私の住む土地はアキヤ一族の地として、その筋では有名なのかもしれない。どの筋であるのかは、知らないけど。

 いやいや、それは変である。これほどのアキヤさん密集地であれば、それなりの評判がたつに決まっている。町の入り口には、”アキヤ一族の地”と書かれた看板がたてられていてもおかしくはない。そばの記念石には、アキヤ一族の歴史に関するウンチクがきめ細かに書かれているはずだ。テレビの取材がやって来て、アナウンサーの「アキヤさ〜ん」という呼びかけに、100人ほどのアキヤさんが一斉に返事をする光景が、全国に流されているはずである。でも、そんな話は、ついぞ聞いたことがない。

 もしかしたら、アキヤ一族がこの地に集結していることは、アキヤ一族の密事なのかもしれない。アキヤ一族が、この地でどのような陰謀を企んでいるかは、分からない。でも、アキヤ一族が、この地に存在する事実は、ここにある。この地図にある。

 でも、なぜ今まで誰も気が付かなかったのであろうか。きっと、そこではアキヤ一族の暗中飛躍が営まれているのであろう。アキヤ一族の存在に気が付く者が現れれば、その者を秘密裏に処理しているのだ。

 きっと、すでに私の存在も察知されているだろう。今頃、アキヤ会議が開かれ、私の処理に関して議論を巡らせているのだ。

 アキヤ一族きっての武闘派、アキヤ武彦さん。36歳。彼は躊躇することなく、私の抹殺を提案しているだろう。夜の闇に乗じて私を拉致し、そのまま瀬戸内に沈めてしまおうと息巻いているに決まっている。片や、穏便派のアキヤ泰夫さん。54歳。彼は、私をアキヤ一族に引き込もうと提案しているだろう。2丁目の加奈子ちゃんが良い年頃じゃないかと、カレンダーの大安吉日を目で追いながら悦に入っているに決まっている。そうやって、私の知らないところで、命の危険や、婿養子の話が勝手に持ち上がっているのである。

 アキヤ陽子さん。34歳。彼女はつまらなそうに、目の前のコーヒを弄んでいる。何の因果かは知らないが、彼女は重要な会議には必ず呼ばれてしまう。本人は知らないが、彼女は一族の長老のお気に入りなのである。会議には長老の声がかりで呼ばれているだけなのだ。本人としては、この会議に出席している間は、うるさい息子や、鬱陶しい亭主の面倒をみなくても済むのが嬉しいらしい。

 アキヤ俊介さん。23歳。彼は生あくびを殺していた。父、大介さんの代理として、会議に出席させられたのだ。本当であれば、今晩は彼女と居酒屋でいちゃついていたはずである。今頃、両親はリフレッシュ休暇とやらで、ふたりきりで北海道旅行を堪能している。そのことが更に恨めしい。

 鶴の一声の持ち主は、アキヤ一族の長老、アキヤ文右衛門さん。87歳。生まれたときから、アキヤ一族をしょって立つことを運命づけられた、生粋のアキヤさんである。16の若さでアキヤ一族の当主に立ち、長年アキヤ一族の為に尽くしてきた功労者でもある。戦時中は、アキヤ一族滅亡の危機もあった。戦後は、もっと大変だった。27年前に当主を退き、今は隠居の身であるはずが、会議には必ずしゃしゃり出てくる。でも、鶴の一声はそうそう使わない。ただ、お気に入りの陽子さんをまぶしそうに眺めているだけである。

 武彦さんと泰夫さんの論争は、相変わらず続いている。まったくの平行線なので、決着が付くわけがない。アキヤ一族の現当主である、アキヤ文太さん。58歳。8人兄弟の末っ子ながら、長男。彼は、ただ人の話を聞いて、頷いているだけである。会議のとりまとめをする気など、毛頭ないようだ。

 そこで、ついに鶴の一声が発せられた。文右衛門さんの出番である。

 わしゃ腹へった。

 その一声で、会議は閉会。議題は、次回へと持ち越しとなった。まぁ、いつものことである。アキヤ一族が、今までその正体を誰にも悟られてこなかったのは、奇跡のおかげなのだ。ともかく、私の人生最大の危機は、そうやって現在保留中なのである。

2003年03月15日

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