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かつらむき
 
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かつらむき

 箸が転がっても可笑しい年頃、というのは何処にでもある。それはそんなに珍しいことではない。珍しいのは彼女の無知のほうだった。

 彼女は「かつら剥き」という言葉を初めて聞いたと言う。そんなスゴイ言葉があるんだと驚いている。そして、彼女は、かつら剥きという言葉がえらく気に入った様子である。先ほどから、コロコロと笑い続けている。その笑いは、どうにも止まりそうにない。

 桂剥きである。けして鬘剥きではない。彼女は料理をしたことがないのであろうか。刺身の横にひっそりとたたずむ繊切り大根。その作成方法に疑問を抱いたことはないのであろうか。彼女の育ってきた家庭環境が気になるところである。

 鬘剥き。それはそんなに楽しいのだろうか。どんな人間が、何のためにすることなのだろうか。私の憶測では、20歳前後の若者に鬘剥きが流行りそうな気がする。それは、若者が無為に行う暴力行為になるであろう。そう、オヤジ狩りに飽きた若者が、鬘剥きに興味を抱いたからといって、誰が咎めるであろうか。いや、咎めないといけないんだけどね。

 例えば、電車の中で鬘をかぶった中年男性が居眠りをしていたとする。その眠りは非常に浅く、ちょっとした刺激で目を覚ますことは明白。しかも、電車の揺れに同調してコックリコックリと船をこいでいる。その隙をついて、鬘を剥いちゃうのだ。ハラハラドキドキ、スリル満点である。上手に剥いたあかつきには、そのまま窓から鬘を捨てちゃえば、証拠は残らない。後に残るのは、はげた頭を押さえて、情けない顔をしているおっちゃんだけである。残酷だ。

 きっと、彼女はそんな光景を想像して笑っているのだ。もしかしたら、もっとえげつないことを想像しているのかもしれぬ。

 今度は、居酒屋で中年男性がくだを巻いていたとする。干からびた印象の強い、萎びたサラリーマンだと趣はずっと増す。もちろん、その頭髪は不自然な形状を成している。あきらかな鬘である。その鬘は不自然に毛が多く、頭が浮き上がって見える。もし、鬘の頂部に火を放ったとしても、本人は気が付かないのではなかろうか。そんな印象を受けるほど、分厚い鬘だ。

 するとそこへ、通りすがりの誰かが、鬘の上にソッとタバコを置いていった。皆、同じコトを考えていたらしい。やはり、おっちゃんは気が付かない。むしろ、もっと勢い良くくだを巻き始めた。鬘の上で赤く燃えるタバコと同様、どんどん強くなっている。異臭もしてくる。あっ、異変に気が付いたようだ。慌てている。頭が熱いようだ。おっちゃんは、素早い身のこなしで自分の鬘を剥く。地面に落ちた鬘は、相変わらず異臭をまき散らしながら、その身を焦がしている。おっちゃんは自分のはげた頭をさすりながら、呆然としている。やはり残酷だ。

 「ねぇねぇ、かつら剥きってやったことある?」

 彼女は唐突に聞いてきた。私は妄想の世界から強引に連れ戻される。そして、かつら剥きなんかしたことないよ、と突っけん貪に答えた。彼女は好奇心でいっぱいになった瞳をジッと私に向けている。私は、彼女の瞳から逃げるよう言葉を続ける。したことはないけど、したことある人は他に沢山いると思うよ。

 私は、そこで、かつら剥きに関する話題をうち切った。本当のことを教えてしまうのが、なんだか勿体なかったのだ。彼女がその後、鬘剥きを試してみたかどうかは、怖くて聞けないでいる。

初筆:2002年08月16日
加筆:2003年11月11日

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