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ほんとキー
Copyright 2003-2010 GOKANBASHI WATARU. ほんとキー ほんとキー。何とも間の抜けた語感である。しかも、あまり洗練されているとは言い難い。それに言いにくい。公衆の面前では、なにやら恥ずかしくて、言葉に出せそうにもない感じだ。それにしても、ほんとキーとはいったい何者であろうか。試しに、手元にある辞書をひもといてみるが、やっぱり載ってない。 それもそのはず。ほんとキーは、美咲ちゃんの作り出した造語なのである。美咲ちゃんとは、知り合いの娘。齢5歳の、ちょっとプライドの高い女の子だ。 美咲ちゃんによると、ほんとキーだと、お家の玄関が開くのだそうだ。別のキーを持ってくると開かない。当然のことである。世の中の鍵穴には、対応する鍵があって、それ以外の鍵を持ってきても開かない。大人であれば、誰でも知っていることである。 つまり、美咲ちゃんは、その仕組みを自ら発見し、喜んでいるのである。そして、その仕組みのことを、ほんとキーと呼んでいるのだ。「ほんと」と「キー」が合わさった和洋折衷の単語になってしまったのは、美咲ちゃんが英会話教室に通っている影響がモロにでているのだろう。 でも、美咲ちゃんの発想は、そこでは終わらなかった。美咲ちゃんに言わせると、美咲ちゃんのパパのほんとキーは、美咲ちゃん自身なのだそうだ。なるほど、そう来たか。 私は尋ねてみる。「じゃぁ、美咲ちゃんのママのほんとキーは誰?」 美咲ちゃんは嬉しそうに答えた。弟の渉くんがママのほんとキーなのだと。そういえば、渉くんは、まだ乳児だったはずだ。きっと、お母さんは渉くんにかかり切りなのであろう。それにしても、お母さんを渉くんに取られたのに、美咲ちゃんはヤケに嬉しそうだ。鈍なのであろうか。それとも心が広いのだろうか。いや、美咲ちゃんも渉くんのことが、かわいくて仕方がないのであろう。 きっと、美咲ちゃんのほんとキーも渉くんであろう。私は、そう確信し、美咲ちゃんに聞いてみた。でも、美咲ちゃんは舌足らずの口調で、こう答えた。 「わらるくんは、ちょっと、ほんとキー。あたしのほんとキーは、ゆーちゃん」 ゆーちゃんとは、美咲ちゃんと同じ幼稚園に通っている男の子らしい。どうやら、美咲ちゃんはゆーちゃんのことが好きであるようだ。と、思ったが、違うようである。今日、ゆーちゃんと並んでお昼を食べたから、ゆーちゃんがほんとキーなのだそうだ。変わった理論である。 美咲ちゃんは更に続ける。 「あしたは、だいすけとたべるから、だいすけがほんとキーだよ」 末恐ろしい子である。ほんとキーの意味は、どう考えても、大切な人の意である。こんなにコロコロとほんとキーが変わってしまって、良いものだろうか。それにしても、だいすけクン。呼び捨てにされる地位に甘んじていてはダメだよ。 「おじちゃんの、ほんとキーはなに?」 やっぱり聞いてきたか。私は用意していた答えを美咲ちゃんに伝える。もちろん、その前に、お兄さんと呼びなさいと訂正するコトも忘れない。 「お兄さんはね、ほんとキーをなくしちゃったんだよ」 そこへ、美咲ちゃんの両親が戻って来た。お母さんの腕には渉くんも抱かれている。美咲ちゃんは、ぎこちないスキップをしながら、お母さんの元へとかけだして行った。おい、こら、ちょっとぐらいお兄さんの話も聞いてくれたっていいじゃないか。 と、思っていたら、美咲ちゃんはお母さんに向かって話している。 「おにいちゃん、ほんとキーなくしちゃったんだって」 勘弁してくれよ。 初筆:2002年11月25日 |