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町中がスイカ
 
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町中がスイカ

 夜風に乗ってスイカの香りがやってきた。夕涼みに土手を歩いていると、川沿いを吹き流れる風にスイカを感じたのだ。その香りはごく僅かなものだったが、私の鼻腔は敏感に反応し、遙か昔の幼い頃の記憶を呼び起こした。その記憶は、とっても懐かしく、ノスタルジーに似た感覚が私を包み込む。そして、記憶が記憶を呼び、まるでつい昨日のことのように鮮明な記憶として甦ってきた。

 すっかり忘れていたが、私が小学校へあがる前のことだ。毎年、スイカのシーズンが終わる頃になると、私の町にスイカの行商が訪れていた。その行商は、おばちゃんが一人で切り盛りしていた。スイカはポンコツの軽トラに山ほど積まれて、私の町へとやって来ていた。

 私はスイカのおばちゃんがどこから来るのかを知らない。いつも私の知らないうちに、スイカのおばちゃんは近所の公園に車を停め、子供たちにスイカを配っていた。私も遅れてはなるモノかと、公園へはせ参じ、スイカをたらふく食べた。子供はタダでスイカを食べてもよかったのだ。

 そのスイカはとても美味しかった。三角にカットされたスイカにかぶりつくと、まず果汁が口の中いっぱいに広がる。そして果肉を噛みつぶすと、そこから更に果汁があふれ出てくる。甘さをいっぱいに含んだ果汁は、私の口からあふれてきて、口の周りをベトベトにしてゆく。私はそんなことおかまいなしで、次々とスイカをほおばる。

 幼い私にとって、スイカの種はくせ者だった。近所の兄ちゃんは器用に口から種をはき出していたが、私がその真似をするとスイカの身ごとはき出してしまうのだ。それは何度試みても失敗してしまう。やがて、私は癇癪を起こして、スイカを放り投げた。スイカのおばちゃんはその光景を一部始終見ていて、今度は種をきれいに取り除いた新しいスイカを渡してくれた。優しいおばちゃんだった。

 もちろん、スイカは大人たちにも旨いと評判だった。しかも安い。旨さと、安さ、そして子供たちがタダで食べさせて貰ってるという気兼ねから、いつもスイカは飛ぶように売れていった。軽トラいっぱいのスイカがあっという間に売り切れてしまうのだ。

 スイカのおばちゃんが来た日の晩は町中がスイカの匂いに包まれていた。夕涼みで散歩をすれば、スイカにどっぷり浸かった気分にさせられる。向かいの家からも、角の家からも、町中の至る所からスイカを感じることが出来た。でも、いくらスイカだらけと言っても、スイカの匂いが町中に充満するなんてことがあるのだろうか。それがあるのだ。子供の錯覚だと言われれば反論できないが、確かに私の町はスイカの匂いで包まれていたのだ。

 いつの頃からだろうか。スイカのおばちゃんを見かけなくなった。いや、見かけなくなったのではない。きっと、私がスイカのおばちゃんに対する興味を失ってしまったのだろう。私は成長すると共に、新しいことを覚え、別のことに興味を奪われた。それと同時に、古いことを忘れ、捨て去った。スイカのおばちゃんは、そうやって居なくなっていく子供たちに何を思っていたのだろうか。去年来ていた子が、今年はもう来ない。どんどん少なくなってゆく子供たちに、取り残されている不安感を抱くことはなかったのだろうか。それでもスイカを売り続けていけたのだろうか。

 でも、子供たちは居なくなったわけではない。スイカのおばちゃんに飽きてしまったのは私ぐらいで、他の子たちはそれからもスイカのおばちゃんの元へ集まっていたかもしれない。それに、いなくなる子もいれば、新しく加わる子だっている。おばちゃんは、いつまでもスイカを売り続けていたはずだ……

 突然、初秋の風が私の髪を散らしてゆく。土手の上は少し寒く、草むらから聞こえる虫の音は夏の終わりを告げている。そういえば、スイカのおばちゃんが現れるのも夏の終わりだった。もしかしたら、さっきの香りはスイカのおばちゃんが来ていたのかもしれない。

初筆:2001年09月2日
加筆:2004年09月12日

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