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足が炊きたて
Copyright 2003-2021 GOKANBASHI WATARU. 足が炊きたて その店は繁華街から少し外れたところにあった。街灯は少なく、人通りも多くない。しかも店の入り口が狭く、看板やのれんも地味で目立ちにくいものを使っている。全体的に暗い雰囲気。外からは、店が開いているのかどうかさえも良く分からない。これでは、どうぞそのまま通り過ぎてくださいと言っているようなものだ。こんなので商売がやっていけるのであろうか。 私はいらぬ心配をしながら、のれんをくぐる。と同時に、海鮮の良い匂いが私の鼻をくすぐっていった。いい匂いだ。私の胃袋は一気に空腹へと導かれ、キュッと締め付けるように私へ訴えかけてくる。これは早く食べ物を与えてやらないと、何をしでかすか分からない。私は急いで友人を捜し始める。友人達が先に来ているはずなのだ。 グループで食事をするときは、遅れて行くものではない。僅か30分の遅刻でも、その差は大きい。先人達が酒豪なら、ビール3〜4杯分のリードをとられてしまう。酷いときには、すでに日本酒を飲んでいることもある。うかつには遅刻できない。この日もそうだった。私が席に着いたときには、満腹と酔っぱらいの雰囲気が場を支配し、出遅れを実感させられた。 友人達は、ちょっと広めの小上がりに陣取っていた。テーブルの上には七厘が置かれ、網の上には海の幸、山の幸が贅沢に並べられている。殻付きの牡蠣は自身のエキスをグツグツさせながら、強い薫りを放っている。その隣では、マイタケが炭火の火力に身をよじらせている。鯛の皮はこんがりと縮み上がり、身はしっとりほろほろ。カボチャは炙られることで、より鮮やかになっている。更にはアワビとマツタケまでもが、その場をにぎわせているではないか。そして、案の定、冷酒の空瓶も転がっている。こいつら、私が店を探して歩き回っている間、こんなに良いモノを食べていたのか。ゆるせん。 私はビールによる乾杯を手短にすませると、手頃な食べ物を片っ端からかたづける。そして、追加のビールと高そうな食材も注文する。早く元を取らなければ、大損だ。 しかし、友人達はそんな私に気も止めず、激論を交わしている。私はそれを良いことに、一人で黙々と食べ続ける。ついでに、お酒の追加もする。もちろん高い酒だ。と、そこで友人の一人が話しかけてきた。 「おい、お前もそう思うだろう」 なんのコトであろうか。私は会話に参加していなかったので、流れが読めない。すると、別の友人が説明をしてくれた。 その友人によると、足の匂いは炊きたてのご飯の匂いに似ていると言うのである。また、汗をかいたあとの足は糠の匂いも彷彿させるそうだ。更に別の友人によると、靴下を脱いだ後のほかほか加減が、炊きたてのご飯をそそらせるとのこと。真夏は靴下を脱ぐたびに、炊きたてのご飯を連想してしまうのだそうだ。 なんとも情けない。大のおとなが激論を交わしているかと思えば、そんな幼稚な話だったのか。と、そこへ注文しておいた燗酒が出てきた。私は酒を注ぎ、一口飲んで、ため息をつく。酒自体は旨い。新潟の酒はスッキリとしていて好きだ。こういう酒を人肌で飲む贅沢がよい。でも、今日は環境が悪すぎる。周りを見渡すと、大の男達が靴下を脱いで、自分の足を嗅いでいる。これでは、旨い酒も不味くなる。 もちろん、私は足とご飯が同じ匂いだとは思わない。そんな馬鹿げた話がある物か。しかし、その場では「足とご飯は同じ匂いである」派が多数を占めていた。いや、あろう事か反対派は私一人だったのだ。 友人達は調子に乗って、独自の理論を展開する。欧米人は肉をよく食べるから、その体臭はとっても臭い。これと同様に、日本人は主食にお米を食べているから、体臭がそれに近いモノになるとのこと。特に足は第二の心臓とも呼ばれて、血液が沢山集まるから、それが顕著なのだと言う。 私はそんな戯言には騙されないぞ。 そんな私に対して、友人達は「だったら試しに匂ってみろよ」と曰う。いいかげんにしろ。ただでさえ最悪の環境の中で食事をしているのだ。足の匂いを嗅いでしまったら、食欲が完全に消え失せてしまうのは明白。誰が匂いを嗅ぐものか。 結局、私は最後までその意見に賛同することはなかった。もちろん、足の匂いを嗅ぐこともしない。私は異端児の烙印を押され、頑固者呼ばわりされることとなる。なんとも釈然としない。日本全国1億3千万人にアンケートをとれば、本当の異端児がどちらであるかは明白だ。お前らの仲間だと思われたくない。私はそう捨てぜりふを残して、その場を去った…… 数日後、私はなにげに足の匂いをかいでみた。そこはかとなく、炊きたてのご飯の匂いがしたような気がした。 初筆:2001年10月21日 |