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水たまりに化かされて
 
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水たまりに化かされて

 道のくぼみに水が溜まっていた。水の底には砂が沈殿し、水面は風に揺られて無数のしわを刻んでいる。そのしわのせいなのか、それとも別の要因があるからなのか、水たまりの深さがよく分からない。そこへ足を踏み入れれば、ピチャという音と共に水は儚くはじけ散ってしまいそうに見えるし、あるいはズブズブズブと足のスネまで水に浸ってしまいそうにも見える。それは、なんだか不思議な水たまりだった。

 その水たまりを見つけたのは小学校の帰り道だったと思う。確か、良く晴れた夕暮れだったはずだ。水が日を反射させて、輝いていた記憶がある。その日は雨など一滴も降らず、私はその水たまりがどうやって出来たのか不思議だった。おそらく、昨晩遅くに雨でも降り、その水たまりが夕方まで残っていたのだろう。しかし、残念なことに、幼い私はそんな想像力を持ち合わせていなかった。

 私は何故かその水たまりを気に入り、その場に留まって遊んでいた。太陽光をいっぱいに浴びた水は、エネルギーをたくさん吸収して、人差し指を水に浸すと不似合いな暖かみが伝わってきた。その温もりは、ちょっとぬるめのお風呂を思わせるほど。そして、人差し指を浸したことにより、水たまりの深さは判明した。その深さは、子供の人差し指が根元近くまで浸るぐらい。大した深さではない。

 私は指を水たまりに浸したまま、その心地よい温もりに酔いしれていった。両手を水たまりに浸してみたり、底に溜まった砂をかき混ぜてみたり、その砂が再び沈殿してゆく様をぼんやりと眺めたり。大人から見れば、なんとも生産性の無い遊び。どこが楽しいのかサッパリ分からない。それでも、十歳足らずの少年にとっては、水たまりを学習する絶好の機会だったのだ。水たまりの学習が、その後の人生において、なにかの役に立つとは思えないけど。

 それからしばらくして、水たまりに遊びあきた私は、家へ帰ることにした。すると、ついさっきまで明るかったはずの空が、唐突に真っ暗になってしまった。頭上を見上げれば、まん丸のお月様が浮かんでいる。そして、空には雲ひとつなく、星が沢山きらめいている。しかも、そのお月様は、私が知っているお月様とは違っていた。そのお月様はあきらかに大き過ぎた。いつもの2倍、いや4倍ほどはあった。さらにお月様は真っ赤に染まって、私に向かって降りてきているようにも見える。でも不思議なことに、私は怖さを感じなかった。むしろ、赤いお月様は私に安心感を与えてくれた。私の心は月に包まれているような、見守られているような、そんな特別意識でいっぱいになる。やがて、私はお月様を背中に、家路についていった。帰りが遅いと両親に怒られる運命が待っているとも知らず、時々月を振り返りながら、とぼとぼと歩いて帰った。

 その晩、寝る前にこっそり空を覗いてみると、いつもの色、いつもの大きさのお月様がぽっかりと浮かんでいるだけだった。

初筆:2001年04月16日
加筆:2005年04月17日

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